こちらの作品から少し続いていますが単体でも問題ありません。年齢操作を含みますのでご注意ください






 今まで海外旅行へ行ったことは、夢の中以外に記憶が無い。そこでは必ずと言っていいほど、テレビを通してみた、ヨーロッパのレンガ造りの町並みや、古い大きな城の内装に囲まれていた。
 物静かな場所が好きな身としては、初めての旅行は、そんな落ち着いた雰囲気を連想させる国へ行くのだろうと、子供の頃から期待していたのだが。実際に今、足を踏み入れているのは、人生で訪れると考えたこともなかった、アメリカだ。
 パスポートやガイドブックを片手に、適当なものをキャリーバッグに入れて、英語の辞書を手提げのかばんに詰め込んで。付き添いで隣にいるのは、この旅行を計画した火神だ。
 彼にとっては海外旅行の気分ではなく、殆ど帰郷したも同然なので、こちらの何倍も軽装をしている。大きな荷物といえば、替えの衣類が詰まった大きめのバッグくらいだろう。
 二人でアメリカを、ほんの一部ではあるが観光して感じたのは、想像よりも静かだった、ということだ。てっきり、自身の知る限りの、目が眩むようなビル街だったり、喧騒に塗れたストリートばかりがアメリカなのだと思っていた。
 今滞在している場所は、比較的田舎に近い場所なのだという。確かに、人の姿は疎らにしか見えない。ここは火神が幼少期に過ごした町で、ストバス場に取り分け思い入れがあるのだと言っていた。昔話をする火神は、高校時代と比べて、幾分の老いを感じさせる。
 この街の中で特に存在感があるのが、大きな教会だ。町がそこまで大きくない分、実物以上に大きく見える。今にだって、耳元から賛美歌が聞こえてきそうだった。
 その教会を見、ふと歩き出した火神の後を追う。身長差のせいで歩幅が合わず、小走りになると、頭に大きな掌が落ちてきた。今日は折角寝癖が少なく、普段よりも整った髪だったのに、起き抜けのようにぼさぼさになってしまう。
「何するんですか」
 慌ててぐしゃぐしゃの頭を手櫛で直すと、また乱暴に撫でられ、上下左右に跳ねる。このままでは何度か同じ目に遭うだろうと推測して抵抗を止めると、火神の足も止まった。次いで足を止める。
 頭に気を取られていた思考を視界にやると、先程まで遠目に見ていた教会が大きく聳え立っている。華美な装飾の施された扉が印象的だった。
「親父が、ここの教会が好きなんだよ。ここを見つけるまでは違う協会に所属してたのに、結婚式をどうしてもここで挙げたいから、態々ここに所属し直したらしいんだ」
 見た目と違って、案外誓約を大切にする火神は、きっと父親譲りの性格なのだろう。今でも火神がくれた指輪は、しっかりと身に着けていた。薬指は照れ臭く、中指に留めているが。
「俺もここが好きで、日本に行くなら所属を変えるべきだとも言われたんだけど、無理言ってここのままにしてもらってたんだよ。親父がここでしたみたいに、俺も式を挙げたくて」
 そこまで言い、火神は口を噤んだ。何か不都合でもあったのだろうかと考えた時、自分の存在が浮かび上がる。いくら同性愛が複数の州で認められている国だからと言って、未だに大多数から抵抗を持たれているのは確かなのだろう。火神が冗談で指輪をくれたのだとは思わないが、いずれは女性を選んでしまうのかもしれない。
 指輪のはまった中指を握りしめる。瞼を震わすと、鼻の奥がツンとした。
 ここで泣いてしまえば、火神の良心に付け込むことになってしまう。下唇を噛んで込み上げるものを耐えていると、火神が手を取った。
「……なんで泣いてるんだよ」
「泣いてません」
 目があって、潤んでいるのであろう瞳を見られる。前がぼやけて良く見えなかったが、火神は笑っているようだった。
「実は俺、アメリカのチームに呼ばれてるんだ。たまたまそのチームのスカウトが日本の試合を見に来て、目を付けてくれたらしい」
「良かったですね。おめでとうございます」
 どうしても考えがネガティブなものばかりになる。自分とは対称的な火神の表情を見ていると、それは自分から離れられる喜びや、別れられる喜びからなのではないだろうかと思ってしまった。
 別れて欲しい、さよなら、なんて言われるのだろうか。どちらにせよ、火神らしい言葉ではない。誰が相手であろうと、嬉しそうにしてそんな言葉を口にするほど、火神は酷い男でないと分かっている。
 だったら、何故なのだろう。
「黒子も一緒に来てくれないか」
 え、と驚きの声が、息に混ざった。状況が飲み込めず、零れそうだった瞳の中の雫が、引っ込んでしまう。
 火神はとてもふざけているようには見えない。
「だって火神君、僕、英語を話せません」
 バッグに入れたままの辞書を一瞥する。火神は頭を振った。
「俺が話せるだろ」
「アメリカの文化だってわかりませんし」
「俺が教えるから」
「……男ですよ」
 立て続けに火神の誘いを断る理由を払い除けられ、最後にずっと残っていた蟠りについて漏らす。火神は少し驚いていた。まるで「そんなくだらないことを気にしてたのか」なんて言いたげな顔で。
「黒子は黒子だろ」
 今時臭いですよ、とは言う暇もなく、互いの顔が近付いた。鼻先が付きそうなくらいになったところで、瞼を閉じる。
 頭の中では、教会の鐘の音が、何度も繰り返し響いていた。




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